『伝統と温熱』-けんちくや前長が示す、これからの木造建築
1枚目:信号待ちの車内や、近くを通りがかった方々から多くの視線を集めていた前澤様邸。
2枚目:南面はヒノキの無垢板を下見張りとした。意匠性のみならず、日射を受け止める役割として木材に厚みを持たせ、その断熱性を活かすなどした有機的な外観である。
2022年3月23日・24日、栃木県さくら市にて株式会社けんちくや前長様による住宅完成見学会が開かれました。
こちらは代表を務める前澤社長のご自邸であり、伝統的な木組みと高気密・高断熱を融合したUA値0.24・HEAT20 G3レベルの建築が実現されています。ご自宅の構想を始められた頃は、温熱に対する知識がほとんど無かったという前澤社長。大きな試みとなったご自邸のプロジェクトについて、見学会でお話を聞かせていただきました。
けんちくや前長様は1983年に創業され、栃木県那須烏山市にて伝統工法を用いた家づくりを行う工務店です。「現代民家 素足の家」をコンセプトに、現代の暮らしにマッチする設備や間取りを取り入れた木組みの家を提案。躯体・建具・家具材にいたるまで県産の杉・ヒノキを使用し、地元の職人が建築をすることによって、環境負荷が少なく地域経済の活性にも繋がる“循環型の住まい”を体現されています。
県産材を利用した木造住宅の優良モデルを表彰する、とちぎ県産材木造住宅コンクールでは、2010年、2021年と過去2回最優秀賞を受賞。2020年からは「伝統の、その先へ。圧倒的断熱と無垢材が織り成す心地良さ」という言葉を建築現場の看板に掲げられ、伝統工法を継承するとともに温熱環境を重視した住宅に取り組まれるなどご活躍の幅を広げられています。
温熱環境への挑戦、佐藤社長との出会い
大工として、今も現場に出られる前澤社長。高断熱・高気密の家づくりを意識されたのは、地球温暖化による豪雨や猛暑といった自然環境の凄まじい変化に目を背けられなくなったからだと話します。また、伝統工法に合わせて、住まいの快適性やシェルターとしての役割を確保するため、更に躯体性能をあげる必要があると考えられていたとのこと。
「近年、関東では夏の暑さが異常ですよね。そういった環境の中で実際に住まう人がどうしたら快適に過ごせるか、そこを軸に伝統工法の未来を考えたいと思いました。それにはまず断熱が必要不可欠だろうと。とはいえ、断熱や気密に関する知識はほとんどなかったので、まずは自邸で試してみようと思い立ったのがこのプロジェクトの始まりです。」(前澤様)
これまで以上にお施主様や環境のことを考えた家づくりを目指し、2019年4月にパッシブハウスジャパンへ入会。それをきっかけにチャネルオリジナルを知っていただきました。前澤社長からお問い合わせを受け、弊社がご紹介させていただいたのは秋田県のもるくす建築社代表・佐藤社長です。
佐藤社長は、冬場非常に厳しい気候となる秋田県において省エネ・パッシブハウスを数々手がけられており、エコハウス大賞2015では大賞を受賞、JIA環境建築賞住宅部門2017においては最優秀賞を受賞されています。2016年に竣工されたご自宅では、熱源を太陽光のみで賄うオフグリッドハウスを実現し、さらには北東北初のパッシブハウス認定を取得。確固たる実績はもちろんのこと、実際の暮らしから得た経験をも活かし、他工務店やビルダーへの温熱監修も務められています。
チャネル通信では、もるくす建築社様が手がけられた建築を巡る視察レポートを公開しております。
「秋田で体感するグリーンビルディング」
「性能と素材、そこに表現される建築の未来」
2019年6月に福島県南古舘で行われた大型パネルを用いた構造建築会にて、前澤社長と佐藤社長の対面が実現。これをきっかけに前澤社長が秋田へ訪問されるなど交流を重ねられ、佐藤社長が温熱監修を務められる、けんちくや前長様の自邸プロジェクトがスタートいたしました。
工事中の現場。屋根・壁・床の耐力壁は、けんちくや前長様が開発した「前長パネル」(国交省大臣認定取得済・壁倍率2.5)を使用。県産の杉とヒノキを用い、木の粘りを活かした強度を持つ。木組み構法、ウッドファイバー、前長パネル、と大工工務店ならではのすべて木で構成された躯体構造が実現している。
住宅完成見学会 ”体感する2日間”
写真:和室の収納扉には格天井の板を、そしてダイニングの引き戸には鹿沼組子を取り入れるなど、伝統工法をリデザインするという試みも行われている。
完成見学会当日(3/23)の最高気温は9.5℃でしたが、前澤様邸の室温度は21℃・湿度は49%と長袖シャツ1枚程度でも快適に感じられる空気環境が整えられていました。また、唯一の暖房であるパネルヒーターは昨日の朝から使用しておらず、ご来場によって常時人の出入りがある状況においても室温度は20℃前後をキープされていたのです。
この優れた温熱環境を構成するのは、壁と屋根に施された高断熱構造、そして開口部に設けられた高性能サッシです。
まず、壁の断熱は一般木造住宅の約3倍にあたる計300㎜厚を有しています。外壁側から、外張り断熱として木質繊維断熱材のパヴァテックスを80㎜、続けてウッドファイバーを100㎜、前長パネルを30㎜、充填断熱として柱間に90㎜を施工されました。
屋根の断熱は計420㎜厚とし、パヴァテックス80㎜を外張り、続けて前長パネルを30㎜、ウッドファイバーを登り梁成に210㎜、内付加断熱として100㎜を施工しています。
断熱材をすべて木質繊維で構成することで、木の高い蓄熱性能による低い熱伝導率を発揮させるとともに、建築時から解体時まで環境負荷の少ない家づくりを目指す、けんちくや前長様の指針も体現されています。
開口部にはトリプルガラス構造・高性能樹脂サッシUNILUXをご採用いただき、断熱性・気密性・防音性を実現しました。南面には日射取得率62%(Ug値0.6W/㎡・K)のサーモホワイトガラスを配置し太陽光を室内へとより多く取り入れる仕様としています。その他方角にはUg値0.5W/㎡・K(日射取得率52.7%)のスーパーサーモガラスを設け、断熱性能を重視した配置に。
気温が低下する夕方にかけては南開口の外側に結露が発生する様子が見られ、外の冷えた空気が室内側に影響せず、開口部による断熱がしっかりとできていることが実証されていました。
ダイニング北面の大開口。意匠性を重視し、外内側ともにオークの木製サッシをご採用いただいた。UNILUXの高断熱性能と、壁に貼られた地場産の大谷石が蓄熱をすることで冬は北面の暖かさを確保することができる。
夏は、屋根から落ちた雨を軒下の土間(150㎜厚の大谷石)と植栽で受け止める=“クールスポット”で発生する微弱な冷気を内倒し窓から取り入れ、2階腰屋根への重力換気を狙っている。高性能住宅において、窓はアナログな熱の調整弁にもなりうる。
計2日間にわたり、県内外から多くの実務者の方々が来訪された完成見学会。訪れた方々が伝統工法と高性能住宅が見事に掛け合わさった環境構成に関心を抱かれている様子が印象的でした。
伝統工法と高性能住宅
見学会終了後、高気密・高断熱の家づくりをやりたいと思っている工務店って本当は多いと思うんですよと話してくださった前澤社長。
「でも何から手をつけたらいいのか分からない(笑)。私も初めは無謀だと思っていましたけど、チャネルさんへ問い合わせた数日後には営業の青山さんが来てくれて。商品のことだけじゃなくてね、温熱に関する意見をくれたこと、私達の強みである伝統工法でも工夫すれば高性能住宅になるんだと、このプロジェクトに必要な“人とモノ”を繋げてくれたことが大きかったです。パートナーに選んで本当に良かったと思っています。」
「また、“高性能住宅は息がつまる“というイメージを持たれている一般の方、さらに同業の方もまだまだいらっしゃるので、そんな誤解を解いてあげたいですね。快適なんですよって。それが私とこの家の役割のように思います。ここが、”木の家の延長線上にある温熱”ということを広めていく一つの起点になれたらいいですね。」
建築看板に記された「伝統の、その先へ。」の言葉の通り、お施主様と住まい、変わりゆく自然環境、そして伝統工法の在り方を追求しつづける、前澤社長の真摯なお姿を感じられるご自宅でした。多くのご来場がある中、お話を聞かせてくださった前澤社長、設計の豊島様、本当にありがとうございました。(Yano)
弊社納材商品
UNILUX IsoPlus(樹脂サッシ)
UNILUX 木製アルミサッシ(オーク/パイン)
UNILUX 木製サッシ(オーク)
ウッドファイバー
パヴァテックス(木質繊維断熱材)
パフォームガード(基礎断熱)
ノルド 木製玄関ドア
ウルト 透湿防水シート、他副資材
ピーエス除湿型放射冷暖房HR-C(パネルヒーター)
北海道産クルミ節有フロア 75巾/無塗装
北海道産タモ節無フロア 120巾/無塗装
会社情報
株式会社けんちくや前長
栃木県那須烏山市野上389-9
https://maechou.co.jp/